弱っていく親を認められない。結論、認められないけど理解はできる。

介護

今日は介護…というか皆、経験するであろう親の老後のお話しをしたいと思います。

育ててもらう→老いる親を見守る→自分の子供を育てる→自分の子供に見守ってもらう


 

人間は基本その様にすれば上手くいくのが理屈では分かっています。

 

現実は理想どおりにできないご家庭がほとんどではないでしょうか?

 

 

私の家は元々(父、母、兄、姉、私)の5人家族でした。

 

父は私が中学3年生の時に食道がんで亡くなり

 

兄姉は結婚して家を出て子育てに。

 

現在は母との2人暮らしです。

 

母は筆者が24歳位の時からパーキンソン病になり

 

右手が上手く使えず

 

薬が切れる度に身体が動かなくなり、助けが必要です。

 

情緒不安定になりがちで

 

血圧のコントロールが出来ません。

 

その後、大腸に穴が開き、ストマ(人工肛門)を付けています。

 

兄は10歳年上、姉は7歳年上で子育てで忙しく

24歳の頃から私1人で見守り→介護になっています。

 

本当に不思議なのですが、なぜか弱っていく母が受け入れられないのです。

それが何でなのか、まだ若い自分には分からず、受け入れられない苦しみと戦っていました。

 

以前は出来た当たり前のことが

少しずつ出来なくなっていく母を見るといたたまれなくて、

 

「もっとちゃんとしてよ!」

「何でそんな事も分からないの?!」と、大声を出して母を叱り

 

「何で私だけ若い時間を介護に使わなきゃいけないの?!」

「もっと出掛けたい」

「休みの日はお母さんの面倒より友達と飲みに行きたい!」と、20代の頃は不満ばかりでした。




なぜ親の介護が大変か=弱っていく親を受け入れられないから


介護の本を読み漁っていた時、

ふいに答えに出会いました。

 

「立派な親であればあった分、

 

偉大な親であればあった分

 

受け入れられなくてイライラしちゃうのは人間当たり前なんだよね。

 

ろくに面倒も見てくれなかった親にイライラする人っていないのよ。」

 

 

母は私が中3の時に夫を亡くし、

1人で3人育てあげた立派な人間です。

 

 

着るものも買わずボロを繕って使い、

 

多い時では新聞配達、お肉屋、お蕎麦屋と

 

3つ掛け持ちして弱音も吐かず、

 

1日も休まず、毎日のご飯の用意や他の家事もこなしたスーパー母ちゃんです。

 

 

その言葉を見てようやく

「ああ、受け入れられないのはしょうがないんだな…」と、

理解が出来ました。ここまで15年を要しました。


理解するだけでも気持ちが楽になり優しく接する事ができる様になった


 

親子一緒に暮らしていれば喧嘩もしますが仲良く暮らしています。

 

今は「あと何年、何ヶ月、何日…一緒に暮らせるんだろう。

いなくなっちゃったらもう“お母さん”って呼べないんだ…。

この家に1人で暮らすのはさみしい。」

 

と、日々が愛おしく、

 

小規模多機能施設にお泊まりに行く日も

 

寂しくなって電話してしまう日もあります。

 

 

きっと親も子育ての正解なんて分からずに育てたんだろうな。

 

それと同じ様に私も、

 

やった事もないことが最初からできなくて、

分からなくて当然。

 

そう思うようにして自分も母も責めないようになりました。

 

でも私はツイてます。

 

母親以外の介護をもう、しなくて良いのですから。

 

結婚しないって最高ヽ(´▽`)/ !!

 

転んでもまんじゅう掴んで起き上がれ!!

 

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